Michelangeli: Definition Series vs. EMI Classics

EMI Classics CD and Definition Series SACD

(CDの収録曲順でいうとRavelが先なのになぜジャケットではRachmaninovが上に来ているのかが謎だったので、ググったところ、オリジナルのHMV盤ではやはりSide OneがRachmaninov。)

https://www.silent-tone-record.com/?pid=149355148

 

 

 基本的にロック系を聴き続けてきた人間がクラシックに言及するなどおこがましいにも程があるというものだろうが、ここはただの個人の趣味の備忘録、音質についてなら誰だって感想くらい持つだろうということでミケランジェリ。付属のブックレット等でその尊顔を拝見するとどうしても銀河英雄伝説を想起してしまう一方で、聴けば聴くほどその精緻な筆致の曲想に感嘆を禁じ得ない。

 

そのブックレットの解説によれば、Ravel+Rachmaninovのこの盤はいくつかCDエディションが出ている模様だが、今回聴いたのはEMI ClassicsシリーズのTOCE-59054、そしてタワーレコーズ限定発売Definition SeriesのTDSA-215(WQGC-226)。

 

TDSAはタワーレコーズ店頭で試聴した最初の瞬間からその音質に深く感銘。ここではTOCEとTDSAのCD層をリッピングして再生、比較。

 

●インプレ

TDSAは比較すると(古さを感じさせないという意味で)現代的な音像。各楽器の音それぞれがクリア、セパレーションくっきり。Abbey Roadで一番広いNo.1スタジオでの録音風景が目に浮かぶよう。スタジオの持つリヴァーヴ特性がこの盤の音像の空間性となって現れている。Definition Seriesというシリーズ名に相応しい音の定義。音の輪郭がスムーズかつ明瞭で濃密。特にSACD層では、音の減衰のディテールが素晴らしい。ピアノ1音を構成する複数の弦それぞれの鳴りと減衰していく際の周波数変化まで聴き取れるかのよう。第2楽章のAdagio assaiの幽玄さは雨月物語の映像美の記憶とすら繋がる。1957年の録音にしてこれか。Abbey Road、流石。Living StereoシリーズのSACDを聴いていても思うが、当時の(今もそうだろうが)録音エンジニアはじめとする制作の人たちの音質に対する仕事倫理と言おうか、そのあくまで出来うる限り最高のものを作り上げるという仕事哲学には頭が下がるし、敬意しかない。当然、仕事人としての自分の身を振り返りもする。

 

もう一方のTOCEだが、発売は2002年で、ART(Abbey Road Technology)シリーズのうちの1枚。同シリーズのCDは手元にほかに何枚かあるが、音質重視の再発盤で印象はそこそこ良好という記憶が。

 

その音像はとにかく儚い。軽井沢にある古いホテルの人の気配があまりない食堂、ラウンジで聞いているかのよう。第2楽章Adagio assaiは自分の脳内にある遥か彼方の懐かしい光景の記憶の粒子の中に、ミケランジェリのピアノの旋律が埋没していくようですらある。そうした粒状性を感じさせるという点からも解像度はそれほど高くない、と感じる音像。もろくなり、所々にぽろぽろと欠落が生じ始めている遠い記憶。と同時に、いにしえの光景の中にときおりちらりと輝きを放つ瞬間が蘇るようなレイドバック感、がここにある。戻らない懐かしいあの日々との邂逅、そういう心理的フェーズにある日にはうってつけの盤かもしれない。自分の中に蓄積された累々たる記憶の重なりの中に深く包まれていくいっときの甘美。

 

●波形

そして周波数解析を見たらこうだった。

Adagio assai from TOCE

from TDSA

一目瞭然とも言える相違に驚く。TDSA(Definition Series)の波形の滑らかさは聴覚上の印象と重なる。TOCEではいったんほぼ音が消失した上での20000Hz周辺の強調が異形とも思える波形となって現れている。比較するとミッドレンジの持ち上げ感もある。非常に特徴的な音像印象はこうしたところに理由があったのかなと個人的には思う。もちろん、その関連をロジックで繋ぐことはわたしにはできないが。

 

●音源情報

このDefinition Seriesは音源が非常に明確に示されており、好感が持てる。以前ここで記事にした某エディションではそこが不明すぎて不信感が。どこにあるマスターを使い、どのような順番でデジタル処理をし、商品になったのかがきっちりとブックレットに記載されている。また、SACD層とCD層で別マスタリングという事実には賞賛の気持ちしかない。上に書いた職業倫理・哲学が継承され、貫かれている(と勝手に解釈している)こうしたプロダクツには個人的に共感するものが大いにあるわけで、そうなると当然、過去カタログが気になり、そして今後登場するであろうタイトルにも期待をしていくこととなる。